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鹿児島地方裁判所 昭和49年(ワ)241号 判決

原告 岩崎暁美

原告 岩崎實夫

右両名訴訟代理人弁護士 池田

被告 高岡建設株式会社

右代表者代表取締役 高岡清

右訴訟代理人弁護士 宇治野純章

主文

一  被告は原告らに対し、各金三〇一万三、四二五円と、内金各二七六万三、四二五円に対する昭和四八年二月二五日から、内金各二五万円については本判決確定の日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り、原告らにおいてそれぞれ金六〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告は原告らに対し、各金六六八万一、八五〇円と、これに対する昭和四八年二月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告岩崎暁美は、訴外亡岩崎春樹の母であり、原告岩崎實夫は同訴外人の父である。

(二)  被告は、昭和四五年一一月頃から鹿児島県大島郡喜界町中里字西原二八六番地に所在する土砂採取現場(以下本件現場という)で土砂の採取をしていたもので、本件現場の占有者である。

(三)  事故の発生

訴外岩崎春樹(昭和三六年一〇月二六日生、事故当時一一歳)は、昭和四八年二月二五日午後三時頃、本件現場において遊んでいたところ、砂山が崩れ落ちて生き埋めとなり、同日午後四時頃死亡した。

(四)  被告の責任

1 土地工作物責任(民法第七一七条)

(1) 砂利採取法に基づく砂利採取計画の認可準則によると砂利採取業者は砂利採取に伴う災害防止のため、(イ)砂利採取場には原則として囲い柵、危険表示等を設置し、掘さく深および掘さく勾配を確認できる標示をしなければならず、(ロ)掘さく方法は安定勾配(砂についての標準は、垂直一メートルに対する水平距離一・五メートル)で掘さくするか、安定勾配より急な勾配で掘さくする場合は掘さく箇所にのり面保護の為の土留を施す等土砂崩れ防止措置を講じなければならない。(ハ)また採取跡の処理については、原則として埋めもどしを可及的速やかに行なうこととし、埋めもどしを行なわないときは有刺鉄線、危険防止柵の設備等十分な危険防止の措置を講じなければならないとされている。

(2) ところで、本件現場の共有者であった中里部落は、昭和四四年頃土砂の盗掘防止と危険防止のため本件現場に鉄条網を張り、併わせて立札を立てた。

(3) しかるに被告は土砂採取の為、自ら右鉄条網を取り外し、また新たに本件現場に鉄条網、鉄索、立入禁止の立札等の設置をせず、本件現場の土砂が極めて崩壊し易い白砂土壌であるのに、安定勾配をとらず、勾配約八三度、高さ約一〇メートルの崖状に掘さくしたのに拘わらず、のり面保護の土留めを施さず、且つ埋めもどしもせずに放置した。

(4) したがって、本件現場は前記認可準則所定の基準に適合せず、その設置保存に瑕疵があるものというべきである。

(5) 以上のように前記崖状に掘さくされた本件現場は、民法第七一七条一項所定の土地の工作物であり、これには右瑕疵があって、これにより本件事故は生じたので、その占有者である被告は原告らの被った後記損害を賠償する責任がある。

2 通常の不法行為責任(民法第七〇九条)

仮に1の主張が認められないとしても、被告は民法第七〇九条に基づき過失による不法行為が成立するから、後記損害を賠償すべき義務がある。すなわち、

(1) 本件現場は崩壊し易い白砂土壌で、付近の子供達がかねがね遊び場として利用していたところであるから、その管理に十分注意を払い前記(四)の1の(1)で述べたような規準に適合する危険防止措置を講じなければ、土砂崩れによる本件の如き事故が発生するであろうことが容易に予見できた。

(2) したがって、被告としては本件現場に右の危険防止措置を講ずべき注意義務があったのに前記(四)の1の(3)で述べたように何らその措置を講ずることなく放置したものであるから、被告にはこの点において過失があるというべきである。

(五)  原告らの損害

1 逸失利益

(1) 春樹は死亡当時満一一歳の男子であったから、満六三歳まで生存し得たものというべく、満一八歳から満六三歳までの四五年間、毎年四〇万五、一〇〇円の純収入を挙げ得たので、これを本件事故発生時の現価で算定すると次のとおり七八五万三、七〇一円となるが、同人は本件事故により死亡した為、右と同額の利益を失った。

(イ) 年収   八一万〇、二〇〇円

昭和四八年賃金センサス表全産業男子労働者企業規模計一八~一九歳の平均賃金(きまって支給する現金給与額)である月額六万〇、六〇〇円の一二ヶ月分に年間賞与その他の特別給与額八万三、〇〇〇円を合算すると八一万〇、二〇〇円となる。

(ロ) 年純収入 四〇万五、一〇〇円

右(イ)から生活費として五〇パーセントを控除したもの。

(ハ) ホフマン係数一九・三八七〇六八〇〇

二五・二六一四〇九九三(就労終期までの五二年間のホフマン係数)-五・八七四三四一九三(就労始期までの七年間のホフマン係数)=一九・三八七〇六八〇〇

(ニ) 計算式

四〇万五、一〇〇円×一九・三八七〇六八〇〇=七八五万三、七〇一円

(2) 原告らは亡春樹の父、母として同人の右損害賠償債権七八五万三、七〇一円を三九二万六、八五〇円(各二分の一、一円未満切り捨て)ずつ相続した。

2 慰藉料

原告らは本件のような不慮の事故で春樹が死亡したことにより著しい精神的苦痛を受けたが、これを償うべき慰藉料は各自二〇〇万円が相当である。

3 葬儀費用

春樹の死亡に伴い原告らが必要とする葬儀費用としては各自一五万円が相当である。

4 弁護士費用

被告が誠意を示さないため、原告らが原告ら訴訟代理人に本件訴訟を委任したことにより各自六〇万五、〇〇〇円(但し認容額の一割)を負担すべきものである。

(六)  よって、原告らは被告に対し、以上の損害金合計各六六八万一、八五〇円と、本件事故発生日である昭和四八年二月二五日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実中、被告が本件現場の占有者であるとの点は否認し、その余の事実は認める。すなわち、

被告は中里部落の公民館新築工事請負代金の一部に代えて、右のとおり本件現場の白砂を採取し、本件事故前約一ヶ月頃からは一時採取を中断したが、その後引き続き採取していたもので、同部落の区長は被告の右採取状況を監督し、「この場所の採取はやめてあそこの場所を採取するように」などと具体的に指示したり、被告の砂採取の自動車にはそれが被告の砂運搬車であることの証明書を所持させるように要求、検査したりして、本件現場および採取状況を自ら監督していたのであるから、本件現場の占有者は中里部落か同部落区長である。

(三)  同(三)の事実は認める。

(四)  同(四)の1の(1)の事実は認める。

(四)の1の(2)の事実中、本件現場が中里部落の共有地で、その周囲のうち出入口を除いた部分に同部落が設置した鉄条網および立札があったことは認めるが、その余の事実は知らない。

(四)の1の(3)の事実中、本件現場の砂が白砂土壌であること、被告が鉄条網および立札を設置しなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。すなわち、

被告は前採取者である辰岡建設の採取跡地の土砂を採取した関係上、周囲の鉄条網には何ら手を加えずに土砂を採取し、前記の如く本件事故前約一ヶ月頃から土砂採取を中断し、採取跡は埋めもどしをして危険性のない勾配状態にしていたから、本件事故当時の採取跡の状態は、被告以外の第三者によってなされたものである。

(四)の1の(4)および(5)の事実はいずれも否認する。すなわち、

本件現場は前記のとおり土砂採取後の土地の状態にすぎないのであって、土地の工作物とはいえない。しかも、本件事故は亡春樹が、本件現場で手で土砂をえぐって次次に足場をつくり、上方に登って行くという「ロッククライミング」の真似をしていた際、同人の上方に居た友人が足で上方の土砂を踏み落とそうとしたこともあって、突然上方の土砂が二回にわたって崩壊し、同人のごく近くに居た友人らは容易に本件現場から逃げ出したに拘らず、同人は逃げる際倒れたため生き埋めとなったものであって、本件事故は専ら同人自身の行為(上方に居た友人の土砂踏み落とし行為をも加わって)に基因するものである。

(四)の2の冒頭の主張は争う。

(四)の2の(1)の事実は白砂土壌である点は認めるが、その余の事実は否認する。

本件現場は喜界島空港事務所から約一・五キロメートル南で、四方を木麻青の立木に囲まれた海岸の林の中に存在し、しかも付近には人家もなく(現場から最も近い人家で一キロメートルの距離がある)、そこに至る道路も事故当時は幅員が狭く、雑草が生えて車の轍が道路であることを示している程度で、通行人もほとんどないし、付近に子供達の遊ぶ姿も見られず、且つそのようなことを聞知したこともないようないわば天然の障壁が存在していた場所であり、しかも、本件現場は亡春樹らが居住していた荒木部落から三キロメートル以上も離れた校区外であり、同人らが通学していた荒木小学校では、校区外の危険な場所では遊ばないように指導されていたこともあいまって同人らがわざわざ本件現場に事故の前日に引き続いて二日間も遊びに来るなど(事故当日は当初前日遊んだ本件現場から約一〇〇メートル東側の土砂採取跡で遊んでいたところ、大人から遊んではいけない旨の注意を受けて、本件現場に移ったものである。)到底予見できるような場所ではなかったから、本件事故の発生を予見することはできなかった。

(四)の2の(2)の事実は否認する。

(五)  同(五)の事実はいずれも知らない。

三  被告の過失相殺の主張

仮に本件事故につき被告に何らかの責任があるとしても右亡春樹の遊び方の態様、場所、両親である原告らの同人に対する監督の方法などにつき過失があるので、損害賠償の額を定めるにつき大幅な過失相殺がなされるべきである。

四  過失相殺の主張に対する原告の答弁

右主張は争う。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  原告岩崎暁美が訴外岩崎春樹の母であり、原告岩崎實夫が同訴外人の父であること、春樹が昭和四八年二月二五日午後三時頃、本件現場において砂山が崩壊して生き埋めとなり、同日午後四時頃死亡したことは当事者間に争いがない。

二  そこで本件事故に対する被告の責任について検討する。

(一)  本件現場が鹿児島県大島郡喜界町中里字西原二八六番地に所在し、本件事故当時その敷地が中里部落の共有地で、昭和四五年一一月頃から被告が本件現場で土砂の採取をしていたことは当事者間に争いがない。

(二)  ≪証拠省略≫によると、被告は中里部落の公民館建設工事を請負った際の工事代金(約三〇〇万円で内金二五〇万円は現金で支払を受けた。)の一部の支払に代えて、昭和四五年一一月二二日から五年間の、本件現場での土砂採取権を取得したが、その際、土砂採取跡については被告において最終的に埋めもどしを行ない、整地して返還するとの条件が付けられ、また採取場所については、本件現場およびその東側に隣接する土砂採取跡地の残余部分とされていたこと、そこで被告は先ず右残余部分から採取を始めたところ、間もなく中里部落の区長から同所での採取をやめて本件現場に移動するようにとの指示を受け、以来本件現場で採取していたもので、本件事故当時はその前約一ヶ月頃から一時採取を中断していたこと、その後同区長は農作業などで本件現場付近を通りかかった際などに被告や被告の了解を得て本件現場で土砂の採取をしていた者に対し、掘さくの深度や場所などについての指示をしたり、更に昭和四七年一一月頃、本件現場周辺にある同部落共有地の土砂盗掘を防止する必要から被告に対し、盗掘車輛と区別できるように被告の砂運搬車であることを証明すべきものの携帯を要求し、被告は右要求に応じて乙第三号証の証明書を作成して携帯させたが、中里部落から現実に右証明書の呈示を求められたことはなかったこと、その他本件現場への出入や被告が砂を他の業者に採取させることについては自由に行なわれ、中里部落ないしは同部落区長からの干渉はなかったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右の事実によれば、被告は昭和四五年一一月二二日以降本件現場および隣接地へ自由に出入りして土砂の採取をなし、また自己の自由な判断で他の業者などに土砂の採取をさせていたのであるから、被告は本件現場を現実に事実上支配し、占有していたということができるのであって、たとえ中里部落の区長から土砂採取の方法や場所について、或る程度の指示や盗掘防止のための証明書の携帯を要求されたとしても、その態様、回数などから考えてそのことによって直ちに中里部落ないしは同部落区長が本件現場における被告の土砂採取全般を監督し、本件現場を事実上支配、占有していたとは認め難く、右認定を左右するものではない。したがって、被告において本件事故当時、本件事故現場での土砂採取を一時中断していたとの事情があったとしても(本件事故後も引続いて採取していたことは被告の自認するところである。)、被告が一貫して本件現場を事実上支配し、占有していたことは明らかである。

(三)  そこで本件現場(土砂採取跡)が民法第七一七条一項の「土地の工作物」に該当するか否かにつき検討する。

≪証拠省略≫によると、本件現場は元来木麻青(モクマオ)の樹木が植えられていたところを土砂採取のために切り開き、その表土を取り除いて採砂場となったところで、付近一帯は保水性に乏しく、さらさらして粘着性のない珊瑚礁が砕けてできた白砂土壌からなり、本件事故当時は約五〇〇平方メートルの広大な敷地で、南側一帯が掘さく途中の状態にあったが、南側道路から南へ約五〇メートル入り込んだところに甲第六号証の二の二の写真(乙第二号証添付写真二と同じもの)のような窪地となった土砂採取跡があり、その両側端は手前の平地から一段と高い南側台地に約四五度の角度でつながる傾斜状となり、中央窪地は平地から約四メートル掘り下げられ、その南側壁面は高さ約一〇メートル、八〇度ないし八四度の勾配で概ね直線に落ち込んだ崖状を呈する状態で掘さくされていたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかして、民法第七一七条一項の「土地の工作物」とは、一般に土地に接着して人工的作業を加えることによって成立した物と解せられるから、右のような本件現場の土砂採取跡も土地の工作物に該当するものということができる。

(四)  ところで、砂利採取法に基づく砂利採取計画の認可準則上、砂利採取業者が砂利採取に際して講ずべき災害防止措置が請求原因(四)の1の(1)記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、本件現場は喜界島空港事務所から南に約一・三キロメートル、最も近い人家で約一キロメートルのモクマオの樹林で周囲を囲まれたところに位置し、昭和四〇年頃から土砂の採取場となったものであるが、本件事故当時は、本件現場に面する南側の道路がその南西方向にある白浜、タンニヤミ海岸へ通ずる主たる道路となっていて、釣りなどに行く人の通行の用に供されていたこと、中里部落では昭和四〇年頃に採取権を与えた土砂採取業者との採取期間が満了したので、昭和四四年頃、土砂の盗掘を防止すると共に子供達の立入り防止を兼ねて南側道路添いに一本の有刺鉄線を張り、「土砂の採取停止 区長」と表示した立札を設置したが、本件事故当時被告が採取していた本件現場出入口部分の有刺鉄線は既に土砂採取のため撤去されており、被告において有刺鉄線を張ったり立入禁止の立札を設置するなどの措置は講じなかったこと(この点は当事者間に争いがない。)、本件現場には本件事故発生以前にも子供達が立入って砂の傾斜面を滑ったり、大きく飛んだりして遊んでいたことがあって、そのことは被告の許可を得て採取していた者によって目撃されていることが認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右の事実に前記(三)で認定の事実を併わせ考えると、本件現場は珊瑚礁の砕けた粘着性のない非常に崩れ易い白砂土壌だったのであるから、近所の子供達がこれに近付いて斜面を滑り下り、あるいは崖面を登るなどの遊びをして崖の崩壊を招く危険性が十分にあった。にも拘らず、土地の工作物たる本件現場の土砂採取跡についてかかる危険を防止するため出入口の周辺に柵、有刺鉄線、立入禁止の立札などを設置するなどの措置を全く講じていなかったものであるから、右工作物の設置、保存には瑕疵(請求原因(四)の1の(1)の(イ)および(ハ)の後段)があったといわなければならない。

≪証拠省略≫によると、被告としては日頃から土砂の採取にあたる従業員に対し、掘さくは水平状態で行ない、採取跡は作業終了後埋めもどし、斜面はショベルの先端で取り崩してゆるやかな勾配をつけるように指導し、大体そのような採掘がなされていたこと、本件事故発生の四日位前における本件現場の土砂採取跡の状態は、甲第六号証の二の二の写真中央部分にある窪みがなく、その後方の崖面は右窪地の両側端と同じゆるやかな傾斜状を呈していたこと、しかも本件事故当時、被告および被告の了解を得て本件現場近くで土砂の採取をしていた訴外折田久男が使用していた採掘用機械はキャタピラ式ショベルであったし、本件事故当時は採掘を中断していたのに、本件事故当日における本件現場の周辺には、深く掘さくができるタイヤショベルのタイヤ跡と採取した砂がこぼれたあとをバケットで押した跡があったこと、したがって、本件事故当日における事故発生前の右採取跡の状態(深さ約四メートル、高さ約一〇メートルで八〇度ないし八四度の急勾配からなる崖状を呈していた。)は、被告および被告の了解を得て採取した者以外の第三者がタイヤショベルを使用して採掘した結果作出されたものであること、一方春樹は約一〇名の友達と一緒に本件現場に立入り、先ず全員で右採取跡の斜面を滑って遊んだあと、春樹ら数名が右崖面に次々に穴をあけて登る、いわゆるロッククライミング遊びをしていたが、そのうち一緒に遊んでいた訴外朝日浩之が春樹の居たすぐ上方の崖から滑り下りようとしたところ、突然その崖が頂上部分で三・五メートル、斜面の中腹部分で四・二メートルの幅で二回にわたって崩壊し、春樹の近くに居た者らは難を逃がれたが、春樹のみが土砂に埋まり被害にあったものであることが認められる。

右の事実によると、被告が日頃から本件現場の危険性を認識し、従業員を指導、監督して或る程度の危険防止の措置を講じていたことは認められるが、それ自体極めて不十分というべく、第三者が自由に出入りできた本件現場においては、その採取跡の危険な状態が第三者の採掘によって作出されたもので、且つ春樹の崖面に対する穴掘りや訴外朝田が崖の上部に登ったことが右崖の崩壊に何らかの原因を与えたとしても、被告としてはなお本件現場に子供達が立入ることおよびその他の第三者が立入って盗掘をなし危険な採掘跡を作出すことを防止すべき設備を施すなど、危険防止のための設備を従前から欠いていたものといわざるをえず、本件事故は、右認定の事故の態様等に鑑みると右のような土地の工作物たる本件現場の土砂採取跡の設置、保存の瑕疵に起因して発生したことが明らかである。

(五)  そうすると、被告は民法第七一七条一項本文により原告らに対し、これより生じた損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。

三  そこで、本件事故による原告らの損害について検討する。

(一)  春樹の損害

1  逸失利益

春樹が死亡当時満一一歳の男子であったことは当事者間に争いがなく、昭和四八年度の簡易生命表によると、満一一歳の男子の平均余命は六一・一〇であるところ、原告岩崎實夫本人尋問の結果によれば、春樹は身体健康な子供であったことが認められるから、春樹は少くとも満一八歳から満六三歳に達するまでの四五年間何らかの職業に就いて収入をあげえたであろうことが推認できる。しかして労働省統計調査部編昭和四八年賃金センサス第一巻第一表によると、昭和四八年当時の一八歳から一九歳の全産業男子労働者一人当りの平均月額賃金六万〇、六〇〇円、年間賞与その他特別給与額八万三、〇〇〇円となっているので、年間合計八一万〇、二〇〇円の収入を得ることが可能であったことが認められる。他方春樹の年間の生活費は右収入の五〇パーセントを要するものと考えるのが相当であるから、以上を基礎に春樹の逸失利益の現価をホフマン式計算法を用いて原告主張のとおりのホフマン係数により求めると、次の算式のとおり七八五万三、七〇一円(円未満は切り捨て、以下同じ)となることが明らかである。

40万5,100円×19.38706800=785万3,701

2  過失相殺

≪証拠省略≫によると、春樹は本件事故当時、荒木小学校の五年生であったが、本件現場は同人の居住する荒木部落から約三キロメートル離れた校区外にあること、右荒木小学校では児童に対し校区外の危険な場所で遊ばないように指導していたし、原告實夫も日頃から春樹に対し危険なところに遊びに行かないよう注意していたこと、ところが春樹は友達と一緒に本件事故の前日にも本件現場から約一〇〇メートル東側にある土砂採取跡に来て遊んでおり、本件事故当日も最初右土砂採取跡で遊んでいたところ、南側道路を通った大人から二度にわたって「危険だから遊んではいけない」旨の注意を受けたため、本件現場に移動したものであることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右の事実によれば、春樹は当時小学五年生であったし、本件事故直前には大人から注意を受けていたのであるから、本件現場の土砂が崩れ易い性質のものであることや土砂採取跡が前記二の(三)で認定のような形状を呈していたことからみて、これに立入って斜面を滑ったり穴をあけて登ったりすれば斜面が崩壊して極めて危険であることは十分に予測できたものというべきであり、右大人の注意を守って同採取跡に立入ることを避けるべきであった。しかも、本件現場は春樹が通学していた荒木小学校の校区外で、且つ前記二の(四)で認定したとおり人里離れたモクマオ樹林の中に所在し、人通りもまれなところであるうえ、校区外の危険な場所での遊びを禁止するなど教師による安全教育を受け、また父親からも日頃注意を受けていたのに、二日間にわたって危険な本件現場付近に立入っていることから考えて、春樹にも本件事故の発生につき過失があるものというべく、したがって、本件事故による損害の算定につきこれを斟酌すべきである。そして、春樹の本件事故に対する過失割合は、被告の過失の程度を勘案すれば五〇パーセントであると考えるのが相当である。そこで、右過失割合で相殺すると、春樹の損害額は三九二万六、八五〇円となる。

3  相続

前記のとおり、原告らは春樹の両親であるから、原告らは春樹の逸失利益の損害賠償請求権をそれぞれ二分の一宛、すなわち各一九六万三、四二五円ずつ相続によって取得した。

(二)  原告らの慰藉料

≪証拠省略≫によると、春樹は、原告らの長男として出生し、身体健康な子供で、原告ら両親においてその将来を期待しており、同人の本件事故による不慮の死によって著しい精神的打撃を受けたことが認められる。このような原告らの精神的苦痛に対する慰藉料は、先に認定の春樹の過失、本件事故の態様その他本件に関する諸般の事情を勘案すると、各自に対しそれぞれ七〇万円をもって相当と認める。

(三)  葬儀費用

≪証拠省略≫によると、春樹の死亡に伴い同人の葬儀をしたことが認められるが、同人の死亡当時における年令を考慮に入れると、本件事故当時における損害として相当な葬儀費用は、各自それぞれ一〇万円と見積るのが相当である。

(四)  弁護士費用

≪証拠省略≫によると、原告らは被告と本件事故による損害の賠償の支払方につき話合ったが、両者間の合意が成立するに至らなかったため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起、追行を委任したことが認められる。そして弁護士に訴訟委任をした場合、一般的に報酬契約が存することは、当裁判所に顕著である。本件訴訟においては事案の内容、審理の経過、認容額を総合すると、被告に負担させるべき弁護士費用は、原告ら各自についてそれぞれ二五万円と定めるのが相当である。

四  結論

以上認定した事実に基づき、原告らのそれぞれにつき、春樹の逸失利益を相続した一九六万三、四二五円に、各原告の慰藉料七〇万円、葬儀費用一〇万円および弁護士費用二五万円を合算すると、原告らはそれぞれ三〇一万三、四二五円の損害賠償請求権を取得したことになるから、原告らはいずれも被告に対し、各自右金員およびこのうち弁護士費用を除く二七六万三、四二五円に対する本件事故発生の日である昭和四八年二月二五日から、内金各二五万円については本判決確定の日の翌日から各支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるというべきである。

よって、原告らの本訴請求は、右の限度において理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西浅雄 裁判官 湯地紘一郎 谷合克行)

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